訃報(2007年3月31日):ウシハ首長デイヴィッド・キダハ・マクワイア、薨去(1922~2007)

 2007年3月31日、現・タンザニア連合共和国内の、ウシハ首長デイヴィッド・キダハ・マクワイア(Chief David Kidaha Makwaia)が薨去された模様です。
 1922年5月7日生まれの84歳。

 1945年にスクマ人(スクマ族)のウシハ首長の地位を継承、50人以上の首長たちから構成されるスクマ人の最高首長となり、タンガニーカ立法会議のアフリカ人の最初の出席者たちの一人となる(立法会議での地位は1958年まで)。
 1953年までに東アフリカでもっとも力のある首長の一人となり、タンガニーカ総督“サー”・エドワード・トワイニング(Sir Edward Twining : のちに一代貴族のトワイニング男爵 : 総督任期:1949~1958)とも親交を深め、いくつかの公的な地位を得た。
 1953年のイギリス女王エリザベス2世陛下の戴冠式の賓客。
 1954年に植民地政府で働くために、ウシハ首長の地位を弟フセインに譲った。
 この頃、キリスト教のローマ・カトリックに改宗し、デイヴィッドとポウルという名前(洗礼名?)を自分に加え、以後デイヴィッド・キダハ・マクワイアと呼ばれるようになる。
 1961年にタンガニーカは独立。彼とも親交のあったジュリウス・ニエレレ首相は首長の社会的指導者の地位を廃止して、彼と弟フセイン首長を遠い地区へ追放した。
 2005年に弟のフセイン首長が薨去し、ウシハ首長に復位。子息二人が生存しているようで、ウシハ首長位を継承する可能性あり。

 ご冥福をお祈りします。

誕生(2007年3月26日):ヘッセン公女パウリーナ殿下とヘッセン公子モーリッツ殿下(双子)

 2007年3月26日、ヘッセン公世子ハインリヒ・ドナトゥス殿下(Heinrich Donatus : His Royal Highness The Hereditary Prince of Hesse)とヘッセン公世子妃フローリア殿下(ファーバー=カステル伯爵女 : Floria : Her Royal Highness The Hereditary Princess of Hesse)の間の第一子・第二子となる双子、長女のヘッセン公女パウリーナ殿下(Her Highness Princess Paulina of Hesse)と長男のヘッセン公子モーリッツ殿下(His Highness Prince Moritz of Hesse)が誕生された模様。

 モーリッツ殿下は、将来的にヘッセン家当主/ヘッセン選帝侯位継承者/ヘッセン大公位継承者、そして論者によってはフィンランド王室当主/フィンランド王位継承者となる。

 

参考(ウィキペディア):
 ハインリヒ・ドナトゥス・フォン・ヘッセン – Wikipedia
 (英語)Donatus, Landgrave of Hesse – Wikipedia
 ヘッセン家 – Wikipedia
 (英語)House of Hesse – Wikipedia
 (英語:ヘッセン選帝侯国)Electorate of Hesse – Wikipedia
 

懐妊(2007年3月):オランニェ=ナッサウ公子妃エメ殿下が第一子を懐妊

 オランダ女王ベアトリクス陛下の甥にあたるオランニェ=ナッサウ公子フローリス殿下(His Highness Prince Floris of Orange-Nassau)の妻エメ妃殿下(Her Highness Princess Aimée of Orange-Nassau)が、二人の間の第一子を懐妊されている模様です。

 今年(2007年)10月出産予定。

 フローリス殿下は結婚にあたってオランダ議会の許諾を得なかったために、オランダ王位継承順位に並んでいません。

 

参考(ウィキペディア):
 (英語:オランニェ=ナッサウ公子フローリス、ファン・フォレンホーフェン)Prince Floris of Orange-Nassau, van Vollenhoven – Wikipedia
 (英語:オランニェ=ナッサウ公子妃エメ、ファン・フォレンホーフェン=スーンゲン)Princess Aimée of Orange-Nassau, van Vollenhoven-Söhngen – Wikipedia
 オラニエ=ナッサウ家 – Wikipedia
 (英語)House of Orange-Nassau – Wikipedia, the free encyclopedia
 (英語:オランダ王室)Dutch royal house – Wikipedia, the free encyclopedia
 オランダ – Wikipedia
 オランダ王国 – Wikipedia

誕生(2007年3月21日):オルデンブルク公女マリア・アッスンタ殿下

 2007年3月21日、オルデンブルク公子パウル・ヴラディミール殿下(His Highness Duke Paul Wladimir of Oldenburg)とオルデンブルク公子妃マリア・デル・ピラール殿下(Her Highness Duchess Maria del Pilar of Oldenburg)の間の第四子・長女となるオルデンブルク公女マリア・アッスンタ殿下(Her Highness Duchess Maria Assunta of Oldenburg)が誕生されたようです。

 パウル・ヴラディミール公子殿下は、オルデンブルク公アントン=ギュンター殿下の甥にあたります。

 

参考(ウィキペディア):
 オルデンブルク (領邦) – Wikipedia
 ホルシュタイン=ゴットルプ家 – Wikipedia
 (英語:ホルシュタイン=ゴットルプ公)Duke of Holstein-Gottorp – Wikipedia

誕生(2007年3月19日):ヨルダンのアブドゥッラー・ビン・アル・アリー王子殿下

 2007年3月19日、ヨルダン・ハシミテ王国のアリー・ビン・アル・フセイン王子殿下(His Royal Highnesses Prince Ali bin Al Hussein)とリム・アル・アリー王子妃殿下(Her Royal Highness Princess Rym Al Ali)の第二子・長男となるアブドゥッラー・ビン・アル・アリー王子殿下(His Royal Highness Prince Abdullah bin Al Ali)が誕生されたようです。

 

参考(ウィキペディア):
 アリ・ビン・フセイン – Wikipedia
 (英語)Prince Ali bin Hussein – Wikipedia, the free encyclopedia
 (英語:リム・アル・アリー王子妃)Princess Rym al-Ali – Wikipedia
 ハーシム家 – Wikipedia
 (英語)Hashemites – Wikipedia, the free encyclopedia
 ヨルダン – Wikipedia